園主の気ままなブログ~9代目って2

たまには自分自身の事を書いてみようと思います。

小中高とずっと地元の学校に通いました。

高校3年の頃、進学を考えたのですが、農家の長男として生まれた僕は、どうせいずれは農家を継がなくてはならないのだから農学部しかないなとおぼろげに考えていました。

そんな考えの元、いざ受験となりましたが見事に失敗し一浪となりました。そりゃそうです、ろくに勉強しませんでしたから。

そこで、東京農大のみに絞り、試験科目を絞った所、英語、国語、化学で受験することにしたのですが、予備校にはそれらをケアするクラスはありませんでした。

そこで、英語と国語の単科クラスを受講し、その他はいわゆる宅浪にしました。

まぁ、そこそこ勉強して無事合格を果たし、晴れて大学生となった訳です。

授業は基本的に真面目に受けました。一応将来は農家を継ぐことを考えていたので、植物のことをしっかりと勉強しなくてはなりません。

高校まではいわゆる普通科で過ごしましたので、植物の事は正直あまり知りませんでした。

ですから、この頃に勉強したことが、農家をはじめてから有機農業へ転換したときに色々役立つ事がありましたね。

特に、植物生理学や土壌学が役だっており、有機栽培を科学的に勉強する講座に出ても、理解度は上がりました。

とは言うものの、有機農業へ転換する前までは、あまり前向きやっていたわけではなく、仕方なくやっていたという有様です。

いわゆる慣行栽培だった頃に、土壌消毒をする作業中に、その薬液が自分にかかってしまい、作業着の上からかかったにも関わらず皮膚に炎症を起こしてしまったのが有機農業に転換するきっかけになりました。

まぁそれまでは、イヤイヤ仕事をしていたなぁと感じることもあり、自分には職業選択の自由がないといっていたものです。

その頃ちょうど流行っていたのは、リクルートのCMで職業選択の自由あはは~んと歌っていたのを聴く度に、オイラにゃ関係ないよあはは~んと思っていました。

9代目となると、一代30年と考えてざっと240年以上は続いているということになります。

遡ると江戸時代からになるでしょうか。

菩提寺の過去帳を見てもどうやら江戸時代からは間違いなさそうですが、初代から3代目辺りまでの過去帳は、過去の菩提寺の火災により焼失したようだという伝聞が残っています。

以上は、先に書いたものとかなり被りますね。

実を言うと、こちらの方が先に書いたのですが誤って消したと思ったら、あろう事か下書きとして存在していたので、これから第2段として加筆してみようかなと思った次第です。

有機農業に転換するも、完全移行にはなかなか至らず試行錯誤していたのが1990年代でした。

その頃は、単に有機物を入れれば良いとばかりに、好気性微生物や嫌気性微生物の使い方もわからずに、闇雲に投入していたような気がします。

その頃に出会った本の中に、嫌気性微生物の農業利用と環境保全という本があり、自分が置かれている環境では好気性微生物を使うより、嫌気性微生物を使った方が楽に出来るのではないかと思い今に至ります。

とは言うものの、使いこなすにはトライアンドエラーの連続でしたし、良いと思われる資材を色々と試したりもしました。

そうこうするうちに、ポイントは水分調整ということが肌感覚でわかってきました。

今までは、水分状態50~60%といわれても、それより多かったのでしょう。

さらには、ドラム缶状の混合器を導入し、今までスコップ1本で行っていた混合作業を機械で行えるようになったのは朗報でした。

ただし、手作業で行うのと機械で行うのではポイントが違っていました。

手作業の場合は、層状に材料を広げて微生物を混入した液を上から撒きながら混ぜていたのですが、混合器で混ぜる場合は、最初にクン炭を入れてそこに微生物を混入した液を入れてしまい、さらに粒状の材料を入れて一度攪拌し、その次に粉状の材料を入れて攪拌すると全体が均一に混合されるというのがわかって、仕上がりが格段に良くなりました。

この点に関しては、文章で表すと相当長くなるのでここまでにしたいと思います。

この頃には、長男が生まれた頃と重なり、完全に有機無農薬栽培になってきた時期となり、1999年の頃でした。

有機栽培に転換した辺りから、生活クラブ生協さんとのお付き合いが始まり、続いてらでぃっしゅぼーやさんとのお付き合いも有機無農薬栽培に転換した頃に始まりました。

8代目の父の頃には、市場出荷のみでしたから、9代目の僕となってからは市場出荷の割合は激減したことになり、現在では市場出荷はゼロとなります。

有機栽培に転換した初期の頃は、本からの知識のみを頼りに実践していたのですが、お付き合いのある八百屋さんから、筑波大学の有機農業研究会に誘われて月一勉強会に参加してみたり、肥料屋さんの勉強会に参加してみたり、EM菌の勉強会に参加してみたりしていましたが、らでぃっしゅぼーやさん主催の小祝政明さんの勉強会は、有機農業に対し科学的なアプローチをするというもので、現在も役立てさせてもらっています。現在では、BLOF理論として確立されていて、僕自身はEM菌を使ったぼかし肥料を中心に、このBLOF理論を使った方法をとっています。

まぁ、栽培に関してはまた改めて筆を執ろうと思うので、9代目にして栽培方法が戦後の化学肥料多投の農業から転換したということになったと言うことで終わりにしようと思います。

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